Sube tres y se cae dos.

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zoom RSS 矛盾さに…。

<<   作成日時 : 2010/09/12 23:02   >>

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母の言葉に納得いかない。
先日、迷い猫が我が家にやって来た。もしかしたら捨てられたのかもしれないが、
明らかに成猫。
母はこれといって猫嫌いではない。可愛いと思えば撫でるし、捨て猫をみれば、
“命ある生き物を捨てる者に幸など来ない”と批判する考えの持ち主だ。

そんな母が迷い猫をみて、
うちに居着いても困るし、どこかへ置いてこよう〜と言い出した。
しまいには、捨てるのでは無く置いてくるのだから罰は当たるまい…という。
確かに家では飼えないので、居座り続けては自分も困る。
だが、母のその言葉が自分には屁理屈にしか聞こえない。

“置いてくるのも、捨てるのも所詮、一緒では無いか?”
母を前にして、言いたかったけど、言ったところで喧嘩になるだけだから、
言わなかったけど、聞いている側は矛盾している気がする。



別の話題の時もそうだった。
“晩年、独り身は淋しいから出来れば子どもをひとりくらい作りなさい”
何かと自分に向かって口にする母なのだが、それを耳にする度に…
“だったら、自分が子どもが欲しいと言ったときに猛反対したの?”と、
言いたくなる。

母が子どもの晩年を心配するのであれば、
自分の意見も考えてくれても良かっただろうに。
あの時、不運にも子どもは育つことが出来なかったけど、あれからずっと…
自分はそんな願望さえ抱かなくなってしまった。
どんな人の子であれ、母は心から祝ってなどくれるはずがない…
今も、そんな思いしか自分の心には無いから、恋する気持ちすらも無い。



消沈した気持ちをまた再燃させるのは、時として難しい場合がある。
歳を重ねていくと、“もう、いいや〜”と気持ちも薄れ、変な諦めも生まれる。
無茶してまで何かを成し遂げようとする気持ちがあるというのは、角があるからで…
老いてくると、その角も丸くなり自己主張も無くなってくる。
一概にはそうとは言えないけど、歳を重ねると丸くなるのは確かです。

自分も、それな〜りに歳を重ねて来てしまったから、
変な諦めも出てくるようになりました。
もっと、遠慮せず堂々と人と渡り歩いてもいいはずなのに、それすら無い。
今しか出来ないことが沢山あるのは頭でわかっていても、やはり消極的。
結果を怖れているわけではないのですが、それにしても…って感じだ。

母の矛盾さにより、後悔することがあっても恨むことは無いだろう。
人を恨んだところで、問題解決には繋がらないし、時間は元には戻らない。
心が疲れるようなことも、出来る限り控えたいからね。



さて、
今日は珍しくこんな時間に睡魔が訪れてきたので、寝ます。
明日は息抜きに出掛けるのも良いかもしれませんよ?(笑)






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